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J.D.サリンジャー氏、逝去

小説 日常

J.D.サリンジャー氏がお亡くなりになりました。
享年91歳。
訃報を知った時は、言いようのない思いが
突きあげてきました。


多くの方がそうであるように、僕もまた十代の頃に
ライ麦畑でつかまえて」を読んで、稲妻に打たれた
ような衝撃を受けたひとりです。


当時、僕は一人暮らしのアパートの部屋で、その本を
何かにとりつかれたように一気に読みました。
読後、すぐに書店へと走り、「ナイン・ストーリーズ
フラニーとゾーイー」を買いました。


その後「大工よ、屋根の梁を高くあげよ」も
「シーモア〜序章」も「ハプワース16,一九二四」も
その他の初期短編集も読み、気づくと、数週間のうちに
全作品を読み終えていました。


ライ麦畑でつかまえて」に至っては、英語の原著でも読み、
大学の卒論のテーマにまでさせてもらったほどです。


僕がいまだに、ものを書き続けているのも、
そもそもは彼の作品に強い衝撃を受けたことがきっかけです。


ホールデン君や、いわゆる「グラス・サーガ」はもちろん
大好きですが、他にも僕はとりわけ「エズミに捧ぐ」
「テディ」「倒錯の森」「やさしい軍曹」などが好きで、
折にふれ何度も読み返しています。


でも、やはり最も衝撃を受け、何度読み返しても
胸を揺さぶってやまないのは、


「バナナフィッシュにうってつけの日


をおいて他にない気がします。
この小説の主人公シーモア・グラスには、
小説の主人公ということを超えて、
何か個人的に深い親しみのようなものを覚えます。


サリンジャー氏は「ライ麦畑でつかまえて」の中で
「好きな本」ということについて、主人公のホールデン
コールフィールドにこう語らせています。


本当に僕が感動するのはだね、全部読み終わったときに、
それを書いた作者が親友で、電話かけたいときにはいつでも
かけられるようだったらいいな、と、そんな気持ちを起こさせる本だ

僕には好きな作家や小説がたくさんありますが、
ホールデン君の台詞のような気持ちまで起こさせる
ような作家は、ただ一人、サリンジャー氏だけです。


昨年、氏が九十歳を迎えた際に、それを祝う意味も込めて
僕は「夜桜と老人」という詩を書きました。
作家活動をしていた後年、実際、東洋思想や禅や俳句に
傾倒していた氏が、実は日本に極秘潜入していたという
想定で書いたものです。まことに勝手な空想ですが。


その作品の中で、僕は(これまた勝手ながら)
上野恩賜公園にて氏と酒を酌み交わすシーンを書きました。
何故、そんなことを書いたのかはよく分かりませんが、
おそらく僕にとってサリンジャー氏は、憧れの人でありながらも、
「神」とか「英雄」とか「スター」とかいうよりも、
「最も一緒にお酒を飲みたい人物」という願望があったからなの
かもしれません。


ともあれ、サリンジャー氏がこの世を去ってしまった
ことは残念でなりませんが、彼の作品はこれからもずっと
とくべつな光を放ち続けていくことでしょう。
たとえ時代が変わろうとも。
それによって人々の価値観が移り変わろうとも。
きっと変わらず透明なまま。


心よりご冥福をお祈り致します。


ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

フラニーとゾーイー (新潮文庫)

フラニーとゾーイー (新潮文庫)

大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章 (新潮文庫)

大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章 (新潮文庫)

ハプワース16,1924 (1977年)

ハプワース16,1924 (1977年)

サリンジャー選集(2) 若者たち〈短編集1〉

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サリンジャー選集(3) 倒錯の森〈短編集2〉

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