「こころ」 谷川俊太郎

2008年4月から2013年3月まで朝日新聞「今月の詩」
に連載された詩を集めた本です。


新聞連載のため幅広い読者層を意識されたのか
どの詩も短くシンプルで分かりやすいです。
様々な「こころ」を表現した作品が六十篇集められているので、
誰もがそのときの気持ちにぴったりな詩や
共感できる詩を見つけられるのではないでしょうか。


「こころ」と「あたま」、「こころ」と「からだ」の関係性、あるいは
「こころ」と「ことば」のせめぎ合いについて書かれている詩篇が多く、
谷川さんの「気づき」にはっとさせられます。



   アタマとココロ


「怒りだろ?」とアタマに訊かれて
「それだけじゃない」とココロは答える
「口惜しさなのか?」と問われたら
「それもある」と歯切れが悪い
「憎んでるんだ」と突っ込まれると
「うーん」とココロは絶句する


アタマはコトバを繰り出すけれど
割り切るコトバにココロは不満
コトバで言えない気持ちに充電されて
突然ココロのヒューズが切れる!
殴る拳と蹴飛ばす足に
アタマは頭を抱えてるだけ

どの詩も難しい言葉を一切使っていないどころか、
いい意味で肩の力を抜いた表現になっていて
例えば「うざったい」とか「(笑)」なんて言葉まで
使われていることに驚きました。
僕は「(笑)」が使われてる詩を読んだのは初めてです。
谷川さんは若く現代的な言葉も積極的に取り入れます。
風のように柔軟で自由です。


詩を書く者としては、なんだかほっとさせられます。
「詩ってこれでいいんだよな」と。
何も難解な言葉をこねくり回したり、修辞に凝ったりしなくとも、
きらりと光る「気づき」があれば詩は命を宿すのではないかと。
(もちろんそれが一番難しいのですが)
例えばこんな一編。



   目だけで


じっと見ているしかない
いやじっと見ているだけにしたい
手も指も動かさずふんわりと
目であなたを抱きしめたい
目だけで愛したい
ことばより正確に深く
じっといつまでも見続けて
一緒に心の宇宙を遊泳したい


そう思っていることが
見つめるだけで伝わるだろうか
いまハミングしながら
洗濯物を干しているあなたに

まだ二回通して読んだだけですが、他に僕が気に入ったのは、


「水のたとえ」
「散歩」
「絵」
「手と心」


など。そして、僕が最も「さすがだなあ」と脱帽したのは
この一編です。



   うつろとからっぽ


心がうつろなとき
心の中は空き家です
埃だらけクモの巣だらけ
捨てられた包丁が錆びついている


心がからっぽなとき
心の中は草原です
抜けるような青空の下
はるばると地平線まで見渡せて


うつろとからっぽ
似ているようで違います
心という入れものは伸縮自在
空虚だったり空だったり
無だったり無限だったり

一見すると簡単に真似できそうで、絶対誰にも真似できない
そこが谷川俊太郎という人のすごさだと僕は思います。


「こころ」をテーマとした六十編の詩たち。
その「こころ」というものについて、最後にもうひとつ
強く印象に残ったフレーズをご紹介します。
「心よ」という詩の中の二行です。



心は私の私有ではない
私が心の宇宙に生きているのだ


こころ

こころ