「春と修羅」 宮澤賢治

何度読み返しても涙がこみ上げてくる詩。僕にとってそれは、この詩集に収められている「永訣の朝」です。


今まさに死にゆかんとしている妹とのやりとり、そして哀しくも美しい情景は、あまりにもはっきりと眼前に浮かび上がり、胸に迫ってきます。


実は、僕はこの夏、生まれて初めてイーハトーブを訪れました。宮澤賢治さんゆかりの地巡りです。


『注文の多い料理店』を出版した「光原社」
「もりおか啄木・賢治青春館」
「宮澤賢治記念館」
「宮澤賢治童話村」
「宮澤賢治イーハトーブ館」
「山猫軒」
そして、教師を務めいてた花巻農学校の跡地である
「ぎんどろ公園」。


また、「やぶ屋総本店」では賢治さんがよく注文していたという天ぷらそばと三ツ矢サイダーをいただき、幼少時から通っていたという「山水閣」の露天風呂にもつかってきました。この詩集の中で詠われている「小岩井農場」も。


足跡をたどりながら、改めて「宮澤賢治」という人間の宇宙的な奥深さに打ちのめされました。


そんな旅のさ中、直筆原稿の複写を売っているお店があり、「銀河鉄道の夜」と「永訣の朝」を買ってきました。今、部屋に飾ってあります。「永訣の朝」の筆跡を見ていると、彼はどんな思いでこの一文字一文字を綴ったのかというところに想像が膨らみ、いたたまれない気持ちになります。


僕は、宮澤賢治さんの作品では詩よりもむしろ童話の方が好きですが(ここで童話について書きだすと収拾がつかなくなりそうなので、そちらはまた機会を改めますが)詩ではやはり表題作である「春と修羅」と「永訣の朝」が好きな作品です。


また、この詩集には載っていませんが、病床の中で手帳に書き綴られていたという言わずと知れた「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ」。旅先でもいたるところで、その全文に触れる機会がありましたが、改めて胸を打たれた次第です。前半部が有名ですが、僕は後半部が特に好きで、やはり全文を通して味わってこそという気がします。


それにしても『春と修羅』って、いいタイトルですよね。このコントラスト。童話「やまなし」におけるコントラストも見事だと個人的には思いますが。


童話では自我を潜ませながらまぶしている賢治さんが、詩では魂を剥き出しにして「おれはひとりの修羅なのだ」と言ってのける。そのコントラストも大きな魅力のひとつである気がします。